ともだちの結婚式

 大学生時代の友人の結婚式に行った。

 十一月。寒くて、腰に貼るタイプのカイロを仕込んで家を出た。到着したときに出迎えてくれた式場の人もしっかりコートを着込んでいて、運転席の夫が車の窓を下げると「いらっしゃいませ」と恭しく声をかけてきた。当式場はチャペルが二つございまして、間違いがないかどうか念のため確認させていただいております。ご両家のお名前をお願いします。そう言われて、二秒くらい考えたあとに二つの名字を言った。新郎のほうの名字はうしろに先輩とつけて呼んでいたからすぐに思い出せたが、新婦のほうの名字はいつも下の名前で呼んでいたから咄嗟に思い出せなかった。

 先輩とは大学生時代、ほんの少しの期間だけ恋愛関係にあった。数ヶ月前付き合ってすぐに別れたが、その当時は我が実家の家庭環境が最悪で私の精神状態が良くなくて、散々失礼をしてしまったあとに私から無様に振ってしまったのだ。そのことを私はずっと心から反省している。しばらく経った後にもう一度やり直さないかと言ってくれたときでさえも、丁寧に断れたのかどうか当時の自分に自信がない。先輩は穏やかで楽しくて、料理上手で人付き合いも上手で、友人の多い人だった。

 挙式前に学生の頃の友人に久しぶりに会って、話して、今どこに住んでるのとか何してるのとか、他愛もない会話でその場をほぐした。三十代にもなると友人の結婚式には小さい子どもの姿も増える。式が始まってからも、深い緑と涼しげな人工滝に彩られたチャペルには子どもの話し声や赤ちゃんの泣き声が始終響いていて、神父もそれに負けじと心なしか声を張り上げていた。まず入場してきた先輩は、記憶上の先輩と全く同じ風貌だった。といっても、一年前にまた別の友人の結婚式でも会ったばかりだから、そこまで久しぶりでもないのだけれど。

 やがてひときわ凜としたアナウンスがあって、重そうな扉が開き、新婦が姿を現した。目が釘付けになる、とはまさにこのことだった。彼女は私を、つむじから何か糸のような物を通してしまったかのように体の芯を張り詰めさせ、緊張させ、同時に肩ごと繊細なオーガンジーで包み込んでくれるかのように安心させた。逆光で見づらかった姿が、彼女が歩を進めるたびによく確認できるようになって、私は戸惑った。どうして通路側に座ってしまったのだろうと悔やんだ。距離が最も縮まったとき、とても彼女を見ていられなくて目を反らしてしまって、笑顔ではいたと思うけれど、なぜかスマートフォンのライトをつけてしまったくらいには動揺していた。私の目の前をゆっくり通り過ぎた緊張した横顔が、まだ瞼の裏にこべりついている。

 彼女は本当に綺麗だった。かわいくて、知的で、おおらかだった。華やかさを抑えたシンプルかつ素朴なドレスは彼女そのもののようで、まるで彼女のためだけに一から製造されたのではないかと思うほど。冬の森林の奥の湖で出会う鹿のようだった。あの教会の瞬間、私は大学生だった時間に引き戻されていた。彼女の素肌にいつか触れてみたいとそっと思っていた、あの頃に。

 彼女の背中にホクロがあることを初めて知った。何度も唾を飲み込みながら式を見届けて、やがて彼女は私の前で先輩との愛を誓った。はい誓いますと言ったその声さえ美しくて、私はその鋭利な豊かさに焼けてしまいそうで、じっと時間に身を任せていた。

 もし学生だった頃に私と彼女が付き合っていて、今もまだその関係が続いていたとしたら、この国にいる限り私は彼女のウェディングドレス姿を見ることはできなかった。披露宴で彼女が両親に宛てた手紙の中で言っていた「末っ子長女だったから、いつか娘とヴァージンロードを歩きたいという父の夢を叶えられて嬉しい」という言葉も、彼女の父親の涙も、当然存在しなかった。

 彼女と先輩から結婚式の招待状を受け取って以来、私は彼女だけに手紙を書いて、私がかつて抱いていた彼女への恋心を打ち明けようかと迷っていた。バイセクシュアルなのだとこんなに積極的に伝えたいと願ってしまったのは初めてで、自分でも理由はよくわからなかったが、彼女だけには知っておいてほしいとどこかで思っていた。しかし結局、手紙は書かなかった。帰宅してから多少後悔した。だが結果的にこれでよかったのだと思う。これで、あなたの中での私は友人として死ねる。

 結婚おめでとう。私に女の子を愛するよろこびを教えてくれた人。お色直し後のカラードレスがあまりにもかわいくて、登場後テーブルで真っ先に「あ!? かわいい!」と叫んでしまったのは秘密だ。