カウンセリングへ行った

 

 初めてカウンセリングへ行ってきた。頭が痛い。なんだかひどく疲れて早く寝たい。

 所要時間1時間少し、始まってものの数分で泣いてしまってずっと泣いていた。カウンセラーの方は私の好きな同僚に似ていた。ドラクエのぬいぐるみとかが部屋に置いてあって、そこまで同僚に似ていた。好きな同僚で本当に助かった。私は今でも父に似た顔の男性が苦手だ。

 生きづらくて、でもよくわからなくて、てっきり克服しているものだと思っていたけれど、あっというまに泣き通しで、私のことを「ストレスが常にかかっている、我慢している状況が普通の環境で育ったから、自分のストレスや我慢に無自覚」と言われて、そうなのか疑わしいなと思う私もいるのに「よくここまで頑張ってきましたね」「よく耐えてきましたね」「よく生き続けてくれましたね」と言われて、子どもみたいに泣いている私もいた。私の「頑張る」は、私の「ストレス」は、一般的な水準ではなかったのか。だから人から「頑張り屋だ」と言われたり性格診断とかで「あなたは頑張り過ぎている」と言われたりしてもピンとこなかったのか。

 一方、だって本当に全然頑張っていないじゃないかともまだ思う。みんな"普通に"生きてるじゃないか。帰り道でも、笑顔で横断歩道を渡ったり、爆音でなにかのJ-POPを流して運転したりしている人などを見かけた。みんなそれぞれの過去があって、実家があって、でも元気に生きてるじゃないか。わたし程度の家庭環境の不遇でくよくよしていたんじゃあ、もっと酷い家庭で育ったサバイバーに申し訳ないじゃないかと思う。

 

 周期があって、たまに不意に、なにもできなくなるときがある。期間で言うと一日から三日。風邪とかなんとか言って仕事を休めば、それで家でひとりで何をすることもなく静かにしていれば、大抵すぐ治って"普通の人"の顔をしてまた出勤できる。たまにそうなるけど、それ以外の日常では何も不自然なことのない"普通の人"の顔をして生きていけるから、まあいいやと思っていた。でもついこの間、久しぶりにやって来たその周期がなんだかつらすぎて、もういやだと思って、それでやっとカウンセリングの予約をした。布団の中から。

 カウンセラーの方に会った瞬間、やっと聞いてもらえる、と自然に思っていた。私はこの、わたし程度の家庭環境の不遇の話を、ずっと誰かに聞いてほしかったのだろうか。それすら自覚がなかった。でも涙は出てくれた。体があってよかった。魂だけの存在になりたいと思って心の中で叫んでいたけれど、今日は体があってよかった。こんなに泣いたのは久しぶりだった。昨夜、夫と一緒に映画館へ行って実写版『リトルマーメイド』を見て静かに泣いたけれど、涙なんて大体数滴でおさまるじゃないか。今日は一体なんだった。泣きすぎて今も目が熱い。

 

 客観的な思考で思ったことは、ヘルプが必要な人が「必要なときに正しくヘルプを求める」というのは、実はものすごく難しいのではないかという点だ。私はまだいい。だってこうやって誰かどうにかしてくれと困ることができて、ネット検索できて、カウンセリングを近場で見つけて、もがくことができた。でも例えばネット環境が与えられていないとか、字が読めないとか、交通手段が制限されているとか、そもそも自分の異変に無自覚だとか、声が出ないとか、そういった場合は誰にも気付いてもらえない。そういう存在をすくい上げるのが福祉だと、行政だと私は思うのだが、今の日本はそれが全くと言っていいほどできていない。底の世界しか知らないままの命はどうなるのだろう。死ぬのか。なぜあなたが死なねばならなかったのだ。なぜ私ばかり生きてしまったのだ。

 一緒に明るい世界に出ていきたい。楽になりたい。

 

 物事を損得で考えがちな思考の癖がある。だからきっと、今後、私はあのドラクエのカウンセラーの方に私なりの不遇を聞いてもらううちに、今までの選択を後悔して損をした気持ちになるだろうと予想する。誕生、進学、就職、結婚、友人、発言、弟、おかあさん。たくさんたくさん。こんなはずじゃなかった、あれもこれも私の本心の選択ではなかった、と、あのとき本心からの選択をしていれば今頃もっと理想の自分になれていたのかもしれない、と、損した気持ちになるだろう。きっとそれがずっと怖かったのだと思う。きっとずっと、私は何も我慢していなかったと、そう思いたかったのだろう。と。

 もう大丈夫だと思い込んでいたけれど、全然だめだったみたいだ。私はがんばった。私は常にストレスを受けている。早く寝よう。せめて七時間は寝るようにと言われた。八時間寝られたらもっといいらしい。